グラス片手に シャンパーニュ
9月に入っても気温は30度を軽く越え、ぎらぎらと光る強い太陽の光と熱はシャンパーニュ地方ランス市郊外の名醸テタンジェの葡萄畑にふりそそいでいました。そんな暑さと厳しい冬の寒さを乗り切って出来上がったシャンパーニュの黄金色の輝きとその味わいのエレガントさは、数あるお酒の中でも絶世のものといっても異を唱える方は少ないのではないでしょうか。
1860年、咸臨丸での勝海舟の訪米に同行した福沢諭吉は「徳利の口をあけると恐ろしい音がして」とサンフランシスコでのアメリカ側のレセプションの時にシャンパーニュの栓があけられた様子を書き残しています。
ご存知のように、シャンパーニュと普通のワインの違いは、シャンパーニュの中には炭酸ガスが溶け込んでいること。そして、その「恐ろしい」ほどの内部の気圧によって栓が抜けてしまうのを防ぐために、その口には針金が巻きつけられています。シャンパーニュの場合瓶内圧力は5気圧から7気圧もあるのです。ぬるいままや激しく振った後に口の針金をゆるめますと、窓ガラスなど簡単に割れる程の威力があります。なぜこのような圧力が、瓶の中に生まれるのでしょうか。
シャンパーニュを作るためには、まず白ワインを作ります。取ってきた葡萄をステンレス・タンクなどに入れますが、その中で果実の中の糖分と自然界の酵母が反応してアルコール発酵が始まります。糖分がアルコールと二酸化炭素(CO2)に変化するのです。この二酸化炭素は空中に消えていきますが、この後白ワインを瓶詰めする時に、新たな糖分と酵母を一緒に入れるのです。すると、再び酵母が触媒となって新しく入れた糖分をアルコールと二酸化炭素に分解します。この瓶の中で起こる発酵を二次発酵と呼んでいます。この際出てくる炭酸ガスをビンの中に閉じ込めるためため、針金が使われているのです。
さて、更にシャンパーニュの瓶と普通のワインの瓶を較べてみますと、概してシャンパーニュの瓶は下部が他の瓶よりも太く、口の方は若干細めになっているのにお気づきになると思います。
これは先ほどの瓶内二次発酵の際に出る酵母の死骸を、口の部分に集めやすくするためのデザインです。実は二次発酵の間瓶は口を下にして斜めに置かれ、酵母の死骸が澱となって口の部分に集まりやすくするのです。この澱を取り出すには、この部分を塩化カルシウム水溶液に凍らして、針金をゆるめるだけ。中の圧力で凍った澱が勢いよく飛び出します。これで瓶の中は、非常に爽やかなガスの入ったアルコール分もたっぷりの綺麗なシャンパーニュだけとなります。
しかし、困ったことに澱が出てしまった分、液体の量が減ることになります。そのため、減った分を再度加えて再びコルクの栓をして、針金をかけます。
その針金や栓を覆い隠すように包んでいる金属箔を、キャップシールと呼びます。普通のワインのキャップシールは、ほんの5-6センチですが、シャンパーニュのキャップシールは10センチ以上と長く、瓶の中の液面も見えないほどです。事実、こんなに長いキャップシールをしているのは、液面を見せないようにするためで、澱を凍らして出てしまった量と入れるシャンパーニュの量があわない為、どうしても液面の高さが一定にならず、隠しているという訳です。
「咸臨丸」からさかのぼること7年、ペリーの黒船で交渉役を務めた浦賀奉行はペリーとの別れの日シャンパーニュをしこたま飲んで打ち解けたと言われています。再来したペリーは江戸湾にのりいれますが、将軍への土産に、シャンパーニュを忘れませんでした.そして力ずくの日本開国は成功を収めます。
この稿は、医歯薬出版社『メディカル・テクノロジー』2005年12月号に掲載されたものです。
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