貴腐ワイン詳報
貴腐葡萄を作ってくれる貴腐菌は正式にはボトリチス・シネレア菌と呼ばれています。このボトリチス・シネレア菌は灰色カビ病を引き起こすカビ菌の一種です。
灰色カビ病というのは、この菌が原因の病気で、別名「ボトリチス病」とも呼ばれます。草花や野菜、庭木、果樹など、ほぼ全ての植物がかかる可能性のある病気で、他の植物に空気感染します。
灰色カビ病が発生すると、まず水がしみたような模様が花びらや蕾、葉、茎などに現れます。放置しておくと、どんどん模様が広がり、最終的には植物全体が褐色に覆われて枯れてしまいます。また、病気が苗の株元に発生すると、苗ごと腐って枯れてしまうこともあります。
我が家の庭ではまだ被害にあっておりませんが、ひとたびこのカビが着いた植物は、治療が出来ませんので、すぐに切り取って処分することしかありません。当然周囲の植物に伝染しないようとりあえず薬剤を散布し、出来ればその周囲の土をすべて変えることが必要です。我が家の巨峰はそういう訳で、完熟するころから紙袋をかぶせてしっかり防護します。巨峰のような厚い果皮の葡萄は、すぐに灰色カビ病になってしまいます。
貴腐菌が貴腐葡萄を造る葡萄品種は決まっておりまして、セミヨン、リースリング、一部のシャルドネとソーヴィニョン・ブランです。
人工的に貴腐葡萄を造ることは不可能なことなのでしょうか、というご質問を頂いたことがあります。この菌は世界中どこにでもいる菌です。そこで人工的に貴腐菌を増やす必要はないのです。しかも、葡萄畑は広大です。人の手で貴腐菌をを散布しても、ムラができて畑の中は、貴腐葡萄ができるところと、灰色カビ病になるところ、何も起こらないところと、葡萄栽培の管理上あまり良いものではないでしょう。
むしろ、問題は葡萄、そしてテロワール、つまり葡萄畑の土壌の状態と気候です。葡萄側の条件は、果皮が薄いことです。果皮のクチクラ層のロウを貴腐菌が溶かしていくことで、ぶどうの水分が蒸発し、ミイラのようにしなびた状態になることで糖度が40度以上になります。通常、葡萄に貴腐菌が付着すると、腐敗するだけで貴腐ブドウにはなりません。また前述の灰色カビ病に発展した場合は、葡萄樹を切り倒す必要があります。
成熟した特定の葡萄品種に貴腐菌が繁殖し、特定の気候条件が揃う場合のみ、貴腐葡萄に成長します。貴腐菌は乾燥しすぎていると繁殖が進みません。夜~早朝に湿度が高くなり、昼間は適度な日差しがあるといった、適度な湿度が必要です。ただし、湿度が高すぎると灰色カビ病に感染してしまいます。早朝霧が発生し、日中ある程度日が当たり、灰色かび病に発展しない程度に乾燥できること。そしてこれを葡萄が完熟し始めるころから毎日繰り返されることが重要なのです。
このような環境が整っているのは限られた地域であり、しかもその地域でも毎年同じ気候が続くわけではありません。フランスのソーテルヌでも、時折櫛の歯が抜けた様に貴腐ワインが出来なかったり、美味しくなかったりするのはそのせいなのです。
日本で70年代からかなり美味しい貴腐ワインを造っているサントリー登美の丘ワイナリーでも、最初は1975年に偶然発見したものでした。同じく貴腐ワインで有名な長野県塩尻市桔梗ヶ原の五一わいんでも、1993年一部のシャルドネが貴腐化したことが、研究のスタートだったそうです。
貴腐ワインは白ワインしかないのですか、というご質問もありました。
答えは、Yes and Noです。一般的には白葡萄による貴腐ワインばかりなのですが、一部では実験的に黒葡萄で造られています。オーストラリアでは黒葡萄による貴腐ワインが販売されているという話なのですが、その瓶の写真を見ても「貴腐」の一言も入っておりませんので、単なるうわさかもしれません。
但し、最近、抗酸化物質のレスベラトロール(resveratrol)との関連で、黒葡萄による貴腐ワインが注目されているそうです。しかし、レスベラトロールなら普通の、例えば巨峰などを皮ごと食べれば十分なのですが・・・